那須川天心、川崎無差別殺傷事件に本音 「説得力が違う」「プロでもそうなんだ」と反響→いやいや、なんで格闘家が素手で刃物に立ち向かうことが前提なの?武器使えよ。
那須川天心、川崎無差別殺傷事件に本音 「説得力が違う」「プロでもそうなんだ」と反響 - ネタりか
■「助ける勇気なんてない」「仕方ない」
プロの格闘家として、高い人気・実力を誇る那須川。そんな彼の言葉なだけでに説得力も大きく、ツイッター民からは以下のような反応が。
「自分も極真空手しているけど助けに行ける勇気なんてない。助けたい気持ちはある」
「格闘家も人間です。逃げる勇気も持ってください」
「ですよね。プロが言うと説得力が違います」
「私も空手してますが、そんな度胸がないです」
「プロでもそうなんですね」
「天心が助けたい気持ちがあっても刃物男に恐怖が先行し助けに行けないのはしょうがない」
格闘技はルールがある以上、スポーツに過ぎない。
その意味では卓球のようなものだ。
そもそも、犯罪に対するプロはスポーツ選手の格闘家ではない。
犯罪に対するプロは訓練をし人数と装備を揃えた機動隊や警察官である。
無差別殺傷だろうと何だろうと機動隊が出張れば鎮圧は容易であろう。
スポーツ格闘技は、刃物を使った実際に起こりうる犯罪行為には対応していない。
ルールのある格闘技を護身のためにやっていると治安の悪い外国人に話せば鼻で笑われるだけだ。
うちの国では喧嘩はピストルだよ、バン、あなた終わり、死ぬ。
格闘技が実戦に役に立つ状況などきわめて限定的な状況である
・お互い素手のトイレの中
・お互い素手の閉鎖空間(エレベーター、非常階段など)
そもそも素手で立ち向かわないといけない前提がおかしい。
なぜこいつら格闘家は素手で助けにいくことが前提なのか。
平和ボケもいいところだろう。
せめて、武器と防具を使え。
人間の手は本来殴るようにはできていない。
武器をうまく使えるように繊細にできている。
銃や刃物をうまく使うためにこのような形状をしているのだ。
刃渡りの長い刃物を両手に持てば、獣並みの戦闘力。
相手よりリーチが長く有効な武器を使え。
ナイフには日本刀
日本刀には槍
槍には弓
弓には拳銃
拳銃には散弾銃
散弾銃にはライフル
ライフルには自動小銃
自動小銃には装甲車と機関銃
装甲車と機関銃には戦車
戦車には戦闘ヘリ
プロの格闘家が素手で被害を食い止めることを前提のツイートをしていることが、平和ボケの象徴だろう。
せめて無駄飯を食って鍛えた身体があるんだから、そのへんにあるリーチのある棒などを利用して人数で抑えるなどの工夫をしろ。
プロレスラーでもチャンピオンでも
身体の真ん中を38口径で撃たれれば戦意喪失だ
人間の手は殴るために進化したものではない
武器を使うためだ